稠密なる図書たち

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藤津亮太「アニメを読む 心が叫びたがってるんだ。」を聴講してきた。

昨日、朝日カルチャー新宿での藤津亮太氏による講義「アニメを読む 心が叫びたがってるんだ。」を聴講してきた。講義内容全部をここに書くわけにはいかんだろうけど、面白い話だなと思ったことをつらつらと箇条書きしてみる。

・作品の特徴

キャラクターが主体的にストーリーを動かしていくというよりは、何でもないような行動や出来事がきっかけで周りの心が変わったり、動かされたりしていくということでストーリーが進んでいく。そして人と人との心理的な距離感が丁寧に描かれている。人の距離感については、何気無い会話のシーンでも、一方の人物は建物などの影の中に、もう一方は影の外に配置することで二人の距離感を表現するという手法が多用されている。

・脚本構成

アニメ映画に限らず映画脚本一般の話として、映画脚本を3幕構成として分析したとする。大抵の脚本家なら、2幕の前半まで、つまりストーリーの布石を作っていくところまではすんなり作れる。だが2幕目後半で、いままでの話をどれくらい整理して、落ち着くべきところへ落ち着かせるかというところでいつも苦労するのだという。
「ここさけ」では、当初は脚本の岡田麿里は物語のクライマックスで一気に話が収束していくような話にしようとしたというが、監督の長井龍雪は、1つのエピソードはそのエピソード内で解決していくような形にしたいという意識があったという。
メインキャラ4人のうち、誰が主役とは決めないまま作っていき、結果として順がストーリーを動かしている側面があるため、順が主役のような存在になったという。

・ミュージカルシーンについて

後半のミュージカルシーンは、振付け師が振り付けを考案し、そのライブアクションを撮影してロトスコープを起こしたカットもあるという。ただしダンサーが全員女性かつプロだったので、男子に置き換えたり、高校生らしい演技にしたりと、撮影されたものをそのままなぞっているわけではないという。
余談めいた話として、戦前からの日本でのミュージカルの受け取られ方について解説があった。戦前の日本にも、ミュージカルと呼べるものは、浅草オペラ団や宝塚少女歌劇団などが演じていたが、それらは当時は「音楽劇」と呼ばれ、「ミュージカル」と呼ばれることはなかった。日本人にミュージカルというものを強烈に押し出したのは、戦後の1963年「マイ・フェア・レディ」。これは「本格的ミュージカル」という触れ込みで宣伝された。ここで、では今まで日本にあったミュージカルはミュージカルではなかったのか? という矛盾も生まれる。この辺りの話の参考文献として、三上雅子「第二次大戦後の日本におけるミュージカル受容史(1)」が紹介される⬇︎

http://dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/infolib/user_contents/kiyo/DB00010870.pdf

日本人には「ミュージカルが苦手」という人もいる。だがら「ここさけ」でも、ミュージカルをやりますって話になったとき生徒の何人か文句をつけるシーンを入れた。このシーンで、ミュージカル嫌いの意見を代弁させ、作品へのツッコミを作中人物によって先取りさせている。そうすることで作品の視聴者のうちミュージカルが苦手な人に対して、この先のミュージカルシーンへの抵抗を緩和させている、という仕掛け。

・アニメ的ギミックが無い作品であること

超平和バスターズの三者による作品「とらドラ!」も、ラノベ原作とはいえアニメ的なギミックが無い作品であり、「ここさけ」もこれが無い作品。オリジナルのアニメ映画で、アニメ的ギミックの無い作品というのは、ここ10年くらいは京アニがよくやっている(たまこラブストーリー、など)印象があるが、調べてみるとこのようなアニメ作品は意外にも少ない。歴史モノを含めると世界名作劇場シリーズが該当するが、現代劇に限定すると、少ないのだという。

・興行成績

「ここさけ」の興行成績は11億に届いた。オリジナルのアニメ映画企画で10億を超えるのは難しい。原作ありの、細田守時をかける少女」ですら2.6億だった。ただし次作の「サマーウォーズ」は16億。「ここさけ」の興行成績も「あの花TVシリーズ」➡︎「あの花劇場版」➡︎「ここさけ」というステップを踏んだからこそこの成績を残せたのだろう。これはプロデュースの力でもある。

・一般層へ売り込むということ

アニプレックスも、細田守のような一般層向けへ売り込めるものを作れる作家を育てようとしてとしているだろう。ポスト細田はこの超平和バスターズかもしれないし、あるいは京アニ山田尚子かもしれない。候補は他にもいるだろう。

「初見ではわからない、何回か見ないと気付けないシーンがたくさんあるが、このアニメ映画は本当に一般層向けなのか?」という受講者からの質問に藤津氏は「制作側は、初見ですべてをわかってもらえなくても構わないと考えているだろう。これは、再見に耐えられる作品となるように作っているとも言える」と答えていた。