稠密なる図書たち

ビブリオバトル用図書の処分状況。

ジュリアス・シーザー(著:シェイクスピア)

 

ジュリアス・シーザー (光文社古典新訳文庫)

ジュリアス・シーザー (光文社古典新訳文庫)

 

ざっくりしたあらすじ。英雄シーザーが権力を持ちすぎることに恐れた周りの人たちが、シーザーの暗殺を実行する。シーザーは死ぬが、彼を暗殺した人たちもその後に彼の亡霊に襲われ、最終的には主要人物はあらかた自刃してしまうというもの。
実際に読んでみてわかったことが色々ある。
まず、シーザーは英雄として描かれているかと思っていたが、そこまで完璧超人な人物として描かれていない。彼は軍人としては確かな実績を残しているということは描かれている。しかしこの戯曲中の彼は、どこか情緒不安定で、精神面もあまりタフではなさそうで、癇癪持ちとも思えるところもある。信心深いところもあり、不吉な夢を見たので外出は控えると言うシーンがあるが、側近から、それは夢の解釈を間違えていますよ云々と説得され、結局シーザーは外出してしまう。夢の解釈すら自分の考えをあっさりブレさせる人間というもの、皇帝としての素質があるかは甚だ疑問。逆にいうと、シーザーのこの人としての不完全さが、人としての魅力なのかもしれない。
シーザーの暗殺について、彼は暗殺されるに値する具体的な間違いはなにも犯していない。彼が暗殺されたのは、彼の持つ権力が大きくなりすぎるのはまずいと周囲から警戒されたからだという、非常にふわっとした理由だ。こんな理由で人殺しが許されるとは思えない。とはいえ、上に書いた通り、シーザーに皇帝の素質があるかというと、小説を読む限りはどうも微妙な印象を受ける。素質のない人間を皇帝に即位させることは下手すれば国を傾けることにも繋がりかねない。そう考えると、彼の暗殺が正しかったのかどうか、よくわからくなってくる。
そんなシーザーの暗殺を企てた主要人物二人が、ブルータスとキャシアスである。この暗殺を企てるきっかけがまたみみっちい。子供時代の思い出話中のシーザーの批判から始まっている。子供の頃に一緒に川を泳いだらシーザーが溺れたとか、そんなレベルの誹謗中傷だ。この戯曲は言うなれば権力闘争を描いた政治劇でもあるのだが、現実の権力闘争ってのも、根本を探ると案外こんな大人気ないことから始まっているんだろうなと考えされられるところもある。
暗殺を企てるブルータスやジュリアスやその他諸々。彼らはなにかと、この暗殺はローマの為だとか、ローマを愛するが故に彼を殺すのだとか、しつこいくらい自分らの暗殺の正当性をセリフで説明する。さっきも書いたが、シーザーは殺されるに値する具体的な悪事は何もやっていない。暗殺する側がやたらしつこく自分の正しさを繰り返し口にするもの、逆に、彼らが自分のやろうとしている暗殺が正しいことがどうが自信が持てないことの表れかもしれない。ブルータスはシーザーの暗殺後、民衆に対し自分の行ったこと、つまりシーザーを暗殺したことの正当性を演説し、民衆の理解と共感を得る。この演説もまた、ブルータスは民衆に訴えると同時に、自分自身に自分の犯したことの正しさを言い聞かせているようにも見える。このあたり、ブルータスの人としての感情や弱さが読み取れる。
シーザーのことを慕っていたアントニーという人物は、シーザーの死に嘆き悲しむ。色々あって、アントニーは民衆の前でシーザーへの追悼の演説をする許可をブルータスからもらった。しかしブルータスにとってはこれが過ちだった。アントニーは一見するとシーザーを失った悲しみをナイーブに民衆に訴えているように見える。ただし、かれはシーザーの部屋から見つけたという遺言書を読んで聞かせるとか、シーザーの遺体を見せて、その傷口をみせて彼の最後がどんなに痛ましかったかを民衆に語るとか、そんな調子である。ちなみにアントニーはシーザーが刺された瞬間に立ち会っていない。遺体を民衆に見せて、さも自分が現場でシーザーが刺される最後の瞬間をこの目で見たかのように語っているである。アントニーの策は功を奏し、民衆はアントニーにどんどん扇動される。このあたり、ぼんやりと読むとアントニーはシーザーを失った悲劇に立ち向かうヒーローのように見えるが、よく見ると彼のやり口はそれなりに狡猾である。
クライマックスは、アントニー率いる軍とブルータスの率いる軍との戦争劇。結果から言うと、ブルータスや彼と同じくシーザー暗殺を企てたキャシアスは自刃してしまう。彼らの死後、アントニーのオーラス直前のセリフもまた狡猾。ブルータスは公正明大な人格者だとか、彼こそ人間だとか、唐突に彼を褒めちぎる。このセリフが唐突すぎて、不自然さを感じた。敵ながらあっぱれだったと言いたいのかもしれないが、むしろ死後に敵方を持ち上げることによって、それに勝った自分はすごいんだぜと自分を持ち上げるための台詞なのかもしれない。どこまでも狡猾なアントニーである。
ちなみにアントニーはシェイクスピアの別の戯曲で、クレオパトラにローマを明け渡すような真似をする文字通りの売国奴として描かれているのだ(こっちはまだ俺は読んだことないが)。